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仏マクロン大統領、慰霊祭初参加 60年前のアルジェリア人弾圧、謝罪発言はなし:東京新聞 TOKYO Web

16日、パリ西郊での式典で献花するマクロン大統領(中央)=AP

16日、パリ西郊での式典で献花するマクロン大統領(中央)=AP

 【パリ=谷悠己】フランスと北アフリカの旧植民地アルジェリアが独立戦争中だった1961年10月17日、パリで起きたアルジェリア系移民の弾圧から60年となるのを前に、マクロン大統領が16日、現職大統領で初めて慰霊祭に参加した。大統領府は「許されない犯罪」との声明を出したが、マクロン氏自身からは謝罪の発言はなかった。

 マクロン氏はパリ郊外のセーヌ河畔の橋で行われた慰霊祭で黙とうをささげ、遺族らに声を掛けた。

 大統領府は、アルジェリア系移民のみに課された夜間外出禁止令への抗議で集まった約2万5000人が弾圧され、数10人が死亡し遺体がセーヌ川に投げ捨てられたことを認めた。死者数は従来の公式見解で3人とされてきたが、数百人規模と指摘する識者もいる。

 禁止令を出した当時のパリ警視総監は、第2次世界大戦中の親独ビシー政権で多くのユダヤ人を強制収容所へ送ったとして戦後に裁かれ、実刑判決を受けたモーリス・パポン氏(故人)。大統領府の声明は「パポン体制下で行われた許されない犯罪」とする一方、弾圧の実行者が警察官であるとは言及しなかった。

 マクロン氏は初当選した大統領選中に、アルジェリアの植民地化を「人道に対する罪」と糾弾していた。慰霊祭の参加について、パリ郊外ナンテールの市民団体「記憶のための連帯10月17日」のアフメド・ジャマイさん(55)は「フランスが虐殺を認める日のために30年活動してきたのに、大統領の直接の言葉が聞けないとは」と嘆いた。

 両親が当時、パリでの抗議行動に参加していた同団体のマメド・カキさん(60)は「虐殺の記憶があまりにむごく、アルジェリア人の多くは子どもに語るのをタブー視してきた」と指摘。マクロン氏に対し「新しい歴史のページをめくる好機を逃した」と残念がった。

 歴代仏政権が弾圧の事実と向き合ってこなかったことは、アルジェリア独立後も両国対立の背景の一つとなってきた。今月以降、マクロン氏自身の歴史認識を巡る発言を機に激化していた対立が緩和に向かう可能性もあるが、仏国内では右派系野党から「反仏プロパガンダに屈した」などと批判も出ている。

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