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三社祭17、18日 宮神輿1基をトラックで巡行  新型コロナで延期 異例の形に:東京新聞 TOKYO Web

浅草神社境内の神輿庫前で祭りへの思いを語る冨士滋美さん=東京都台東区で

浅草神社境内の神輿庫前で祭りへの思いを語る冨士滋美さん=東京都台東区で

 新型コロナウイルスの影響で初夏から秋に延期された浅草神社(東京都台東区)の三社祭が17、18両日に行われる。東京を代表する祭りは今回、3基ある宮神輿を担がず、1基だけがトラックで巡行する。異例の形でもなお開催にこだわる主催者は、700年以上続く歴史を踏まえ「やめる理由を作るのは簡単。どうしたらやれるかを考えることが、次につながる」と語る。(加藤健太)

◆収束見通せず100基超担ぐのは断念

 例年5月の三社祭では、宮神輿をはじめ100基超の神輿に多くの担ぎ手が群がり、密集が避けられない。10月への延期発表後もコロナ禍の収束は見通せず、主催する氏子団体の浅草神社奉賛会は担ぐことを断念した。それでも「神様にまちを見てもらうのが本来の目的」と宮神輿の巡行にこだわり、行き着いたのがトラック案だった。

 17日は神事のみで、巡行は無し。18日は3基の宮神輿のうち、「一之宮」のみが姿を見せる。装飾したトラックの荷台に載せ、太鼓とお囃子が先導し、宮司が乗った人力車が後に続いて、浅草の各町を巡る。行列の人数は警備など最小限にとどめる。見物客が群がらないよう、コースは公表せず、トラックは人の歩く速さの倍くらいの「人力車並み」で走る。

昨年の三社祭で威勢のよい掛け声とともに宮出しされる宮神輿=東京都台東区で

昨年の三社祭で威勢のよい掛け声とともに宮出しされる宮神輿=東京都台東区で

 「終わってようやく年が明ける」と口にするほど、浅草の人たちは三社祭を心の支えとしている。界隈が焼き尽くされた戦争後も「早く祭りを」と、焼失した宮神輿の再建を待たず、1948年に再開した。

◆「もがいた跡を残したかった」

1950年代の三社祭の様子(祭りの公式読本より)

1950年代の三社祭の様子(祭りの公式読本より)

 浅草神社総代の1人、冨士滋美さん(72)は「戦後と比べたら今は神輿も家もある。コロナで大変だが、やれることから始めないと、何もしないことに慣れてしまう。もがいた跡を残したかった」と話す。

 観光面で落ち込む浅草にとっては期待が高まる2日間となるが、主催者は「見物の自粛」を促し、代わりに動画投稿サイトのユーチューブで生中継する。浅草観光連盟の会長でもある冨士さんは苦渋の決断を乗り越え、「無事に祭りを終えるのが一番。粛々と執り行いたい」と気を引き締める。


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