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齢81にしてなお現役、「カリプソの王者」の圧倒的生命力:映画『カリプソ・ローズ』──「モダン・ウーマンをさがして」第42回 | GQ Japan

「カリプソ」ってどんな音楽?

カリプソ・ローズは、その名の通りカリプソの世界に咲き誇り、国境を超えて人々に愛されてきたアーティスト。先月81歳の誕生日を迎えたばかりの彼女は、現在も精力的に音楽活動を続けています。この春、彼女の70歳を記念して制作されたドキュメンタリー映画『カリプソ・ローズ』が、およそ10年の時を経て日本でも劇場公開されました。

しかし残念ながら緊急事態宣言により該当地域の映画館は休業もしくは時短営業、予定されていた関連イベントの数々も中止に……。心が晴れない日々が続きますが、この機に彼女の存在が少しでも広く知られるようになることを願って、ここに紹介したいと思います。

映画『カリプソ・ローズ』より

カリプソはカリブ海の島々、特にトリニダード・トバゴのカーニバル文化と共に育ってきた大衆音楽です。1950年代には日本でもさまざまなラテン音楽が流行し、カリプソもそのひとつとしてダンスフロアを沸かせていたとか。90年代以降の子供たちにとっては、ディズニーアニメの『リトル・マーメイド』で海の仲間たちが歌い踊る「アンダー・ザ・シー」が「それっぽい音楽」への入口として大きかったのではないかと思います(東京ディズニーシーには「セバスチャンのカリプソキッチン」なるレストランもありますし)。

ゆるやかな4分の2拍子で、自然と聴く者の体を揺らすカリプソは、「ハッピーなダンス・ミュージック」であり、「心なごむおしゃれなBGM」として聴き流されかねない親しみやすい響きを持っていますが、その成り立ちは植民地主義の時代に奴隷貿易の犠牲となったアフリカ系の人々の不幸な歴史と切り離せません。歌詞に耳を傾ければ、そこには庶民の生活感覚と痛烈な社会風刺も含まれているのです。

映画『カリプソ・ローズ』より

もともと、アフリカからカリブの島々に連れて来られた奴隷たちのあいだで生まれたカリプソは、19世紀前半に奴隷制度が廃止され、黒人もカーニバルに参加できるようになったことでさらに広がりを見せ、1910年代にはひとつの音楽のスタイルとして大流行していたそうです。しかし、そんな「持たざる者の音楽」だったカリプソも、当時の社会全体に行き渡った性差別から逃れることはできませんでした(よくある話)。ステージ上で脚光を浴びるのは男性ばかり。そこに女性の視点を持ち込み、絶大な支持を獲得したのがカリプソ・ローズでした。

映画『カリプソ・ローズ』より

性差別を乗り越えてつかんだ名誉と自由

映画『カリプソ・ローズ』には、カリプソの歴史の生き証人である彼女の昔語りと、老いてなお世界各地で元気いっぱいにパフォーマンスをおこない、若い才能とコラボレーションする姿が収められています。カーニバル出演の模様はもちろん、ニューヨークの自宅も案内してくれるし、西アフリカのベナン共和国を訪れ、ブードゥー教の指導者と対話し、自らのルーツに思いを馳せる場面も。90分に満たない比較的短い上映時間に、世界の歴史と文化の厚みを感じさせる貴重映像が詰まったドキュメンタリーです。

映画『カリプソ・ローズ』より

「女がカリプソなんて」という父親の反対を押し切って男性中心の音楽業界に飛び込んだ彼女は、15歳にして「メガネ泥棒」を書きました。これはマーケットで女性からメガネを盗む男性を目撃したのをきっかけに生まれた曲で、性の不平等をテーマにした初のカリプソとされているそう。この映画で「カメラの前で話すのは初めて」と明かされる通り、彼女は10代の頃から深刻な性暴力や嫌がらせに晒されてきました。

たとえば、1968年には「Fire in Meh Wire」が栄えある「ロード・マーチ」(その年のカーニバルで最も多くプレイされた曲に与えられる賞)に選ばれますが、女性だからという理由で取り下げられてしまいました。

映画『カリプソ・ローズ』より

そんな逆境にあっても歌い続けた彼女は、70年代には誰もが認めるカリプソの女王として君臨します。コンテストでいちばんの人気アーティストに与えられる「カリプソ・キング」の称号が、彼女の存在によって「カリプソ・モナーク」に変えられたのだそうです。張りのある声と優雅な立ち居振る舞いはまさに王者の風格。しかも笑顔が福々しく、見ているとこちらまで運気があがりそうな生命力にあふれています。

『カリプソ・ローズ』を監督したパスカル・オボロは、カメルーン出身の映画監督兼アーティスト。パリ第8大学の実験映画学科で修士号を取得した彼女は、現代アート雑誌『AFRIKADAA』の創刊にも関わったそう。この映画でもカリプソ・ローズその人に加えて、ソカ(カリプソから発展した音楽スタイル)の人気アーティストであるフェイアン・ライオンズや、トリニダード初のフェミニスト団体の一員だという学者のパトリシア・モハメッドなど、さまざまな世代のかっこいい女性たちに取材しています。

映画『カリプソ・ローズ』より

さて、カリプソ・ローズはこの映画が公開されたあとも目覚ましい活躍を続けています。現代カリプソの情報をまったく追いかけていなかった自分にさえ、2016年のアルバム『Far From Home』の評判は届いていました。これに収録されているマヌ・チャオをフィーチャーした「Leave Me Alone」は、言い寄ってくるナンパ男をぴしゃりと断る曲。彼女は「ひとりで踊って楽しんでるんだから放っておいて」と、実際すごく楽しそうに歌います。女性が男性から性的な関心を向けられることを当たり前に望ましい状態とする世間の風潮に疲れた人、そしてあらゆる意味でひとりで踊っていたい時がある人の心を癒やすアンセムと言えるでしょう。韓国のYaejiが歌うリミックス・ヴァージョンもたいへん耳に心地よく大好きな楽曲です。

ちなみにカリプソ・ローズ自身は2012年に「自分はゲイであり女性のパートナーと結婚している」とカムアウトしています。明治大学教授の中村和恵は、「いまも圧倒的にマッチョでヘテロセクシュアルな文化(2018年までトリニダード・トバゴでは事実上同性愛は違法だった)において、これは勇気のいることだったろう。(略)間違いなくその価値を認められ高く評価されるようになった後の彼女だからできたこととも言える」と、この映画のパンフレットで指摘しています。

映画『カリプソ・ローズ』より

カリプソ・ローズは2019年、78歳の時にアメリカの音楽フェス「コーチェラ」に史上最年長、また初のカリプソニアンとして出演しました。2020年にはフランスの芸術文化勲章を授与されています。60年を超えるキャリアを通じて800曲以上を発表し、今年もニューアルバムを引っさげてツアーに出るつもりだという彼女。インタビューでは日本のファンへのメッセージとして来日公演への意欲も語っています。幾多の苦難を乗り越えてきた人から発せられる明るい未来の展望は、映画の上映すら危うい現在、一段と深く胸に沁みるのでした。

映画『カリプソ・ローズ』

渋谷・ユーロスペースほか、全国順次公開!
公式サイト https://calypsorose.jp
配給:LIME Records
© Maturity Music / Dynamo Productions / TTFC

野中モモ(のなか もも)
PROFILE
ライター、翻訳者。東京生まれ。訳書『社会を変えた50人の女性アーティストたち』『イラストで学ぶジェンダーのはなし』『飢える私 ままならない心と体』『つながりっぱなしの日常を生きる ソーシャルメディアが若者にもたらしたもの』など。単著『デヴィッド・ボウイ 変幻するカルト・スター』『野中モモの「ZINE」 小さなわたしのメディアを作る』。

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