ライフスタイル

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験 | 朝日新聞デジタル&M(アンド・エム)

卓越した技術・味覚・知識を持つ料理界のトップランナーが、行きつけの飲食店を明かす連載「大御所シェフのいつものごはん」。

今回はいつもと趣向を変えて、大御所シェフの店を紹介します。訪れたのは「恵比寿マッシュルーム」(以下、マッシュルーム)。多彩なキノコ料理が楽しめるフレンチの名店です。

田中彰伯シェフが通う飲食店の紹介から予定を変更します。

 

今回の大御所シェフ

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

山岡昌治さん(やまおか・しょうじ)
1956年、愛媛県松山市生まれ。今年で29年目を迎えたフレンチレストラン、「恵比寿マッシュルーム」のオーナーシェフ。23歳で料理の世界に入り、27歳で渡仏。16世紀に創業したフランス随一の老舗「トゥール・ダルジャン」など多くの名店で約5年修業。料理界屈指の「キノコ博士」として知られ、一年を通してそれぞれの季節が旬の野生種、希少価値の高い栽培種を活用している。「マッシュルーム」はフレンチの枠を超え、全国からキノコ好きが集まる店としても有名。

 

山岡さんのお店

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

恵比寿マッシュルーム
キノコの希少種をはじめ、海、山、里の旬の食材を用いた、フレンチのエスプリが効いた料理をリーズナブルに楽しめる。ワインは白、赤、80種以上がそろう。

 

目からうろこのキノコ料理が続々

大御所シェフに行きつけの店を教えてもらうこの連載で、今回は大御所自身の店にご登場いただくスペシャル版。恵比寿西の「マッシュルーム」は、おそらく日本で最初のキノコに特化したフレンチレストランである(かつて同店で副料理長をつとめた内堀篤シェフが現在、軽井沢でキノコ料理専門フレンチの「エブリコ」を開いている)。

キノコに関する知識と経験は料理界屈指のオーナーシェフ、山岡昌治さんのもとには、希少な野生種と高品質の栽培種を取り混ぜて、多種多様なキノコが全国各地から、遠く海外からも集まってくる。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

キノコは形、色とも種類ごとに実にユニーク。手前右から2番目が春のキノコの代表格、アミガサタケ

秋の素材というイメージを持たれがちだが、自然界では四季折々にさまざまなキノコが発生する。春から夏が旬のキノコも豊富だ。

山岡さんのキノコ料理からは、都会にいながらにして、山や森の息吹を濃密に感じることができる。移動の制限がある今日だけに、ありがたみもひとしおだ。キノコのことを質問すれば、専門性の高い答えをもらえ、自然科学にもふれられる。

「マッシュルーム」のメニューは、前菜、メインディッシュをそれぞれ選べるプリフィクスのコース(ランチ2750円と3850円、ディナー6050円と7480円の各2種)、昼夜共通のキノコづくしのおまかせコース2種(8250円と1万1000円)、シェフのおまかせコース(1万3200円)と、目移りするほど選択肢が広い。

ディナー、ランチともに高価格のコース1本に絞る店が主流になった今日、「マッシュルーム」のように選ぶ楽しみが大きいレストランは、それだけでうれしいし、価格設定はきわめてリーズナブルだ。コースの値段は、1993年のオープン時とあまりかわっていないのも驚き。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

少しでもさめないよう、熱い料理はヒートランプで上から照らして温めながら盛りつける山岡さん

今回、山岡さんに作っていただいたのは、6皿の料理とデザートすべてにキノコを使った8250円のおまかせコース。キノコという身近な材料を使っていながら、家では絶対に作れないレストラン料理の神髄が堪能できて、「キノコってこんなにおいしかったんだ」「キノコにはこんな使い方があったのか」と、目からうろこがいくつも落ちること、間違いない。

食べてビックリ! 食感はチキンカツ 

ひと皿目はアミューズ(突き出し)、マスタケのカツレツ風、マッシュルームのムースとスライスの3点盛り合わせである。マスタケは色が魚のマスに似たオレンジなのが名前の由来だが、食べてびっくり、食感は鶏肉とそっくり。この食感を生かすには衣をつけて油で揚げるのがよく、一度ゆでこぼしてから小さく切って生ハムで巻き、小麦粉、溶き卵、パン粉の順でまぶしてからりと揚げてある。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

右がマスタケ。左のスライスの後ろには、マッシュルームの食感を生かしたムースが隠れている

食べると、まさしくチキンカツ。しょっぱなから、野菜や畜肉にはない、キノコだけが持つ神秘の味覚世界に足を踏み入れた思いがする。ただスライスし、塩、こしょうをふっただけの生マッシュルームも、うま味、香りともこれまで体験したことがないほど濃い。

山岡さんにいわせると「これをつまみに、ワインがいくらでも飲める」。同じ栽培種でも、山岡さんが吟味して使っているキノコは、ひと味どころか、ふた味以上違う。

ふた皿目は、天然鮮魚とハナビラタケのカルパッチョである。鮮魚は山岡さんの故郷である愛媛県から、地元漁師の藤本純一さんが直送してくれる。取材時は、とびきり高級魚のキジハタだった。

 

藤本さんは、針状の道具で魚の脊髄(せきずい)を一撃する「神経締め」の名手。いまや彼が処理した魚を使ってみたいという料理人が200人も順番待ちをしているカリスマ漁師だが、長い付き合いの山岡さんへは、安定して供給される。悪天候で魚が取れないときは、ほかの漁港であがったものをみずから選んで送ってくれるそうだ。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

薄切りにしたキジハタには1枚ずつドレッシングで下味をつけておく。透明感が美しい

いい漁場で取った極上の天然魚はまず、いけすでひと晩休ませて捕獲時に受けたストレスを抜いてから、後ろから静かにそっと抱き上げて、一気に締める。こうすると筋肉を動かすエネルギーであるATP(アデノシン三リン酸)が最大限に残って死後硬直を遅らせることができ、身の鮮度と風味が長時間、最高の状態で維持されるという。 

味、香り、食感の三拍子がそろったハナビラタケは、山岡さんとくにお気に入りの栽培キノコである。涼しげで清潔感のあるビジュアルと、キクラゲに似てさらに繊細な歯ざわりは、サラダに仕立てるのにうってつけだ。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

元来はイタリア料理のカルパッチョだが、実山椒(みざんしょう)の和の香りを添えることで、逆にフレンチらしさが引き立つ

「キノコの概念がかわる」絶品のソテー

3皿目は、旬のキノコのソテー。客がほぼ全員食べるという、スペシャリテ中のスペシャリテである。

キノコをソテーするのは、フランス料理の古典的な方法だが、昔ながらのやり方で作ると、日本人には油脂分が多すぎたり、ニンニクがきつすぎたりと、くどい。そこで山岡さんは、最初に控えめな量のピーナツ油で炒め、途中でバターを加えて風味とコクを補うという方法にかえ、キノコ自体の個性をより生かすようにした。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

油脂と香味野菜の量は必要最小限におさえてソテーし、キノコの風味を最大限に生かす

薬味に使うニンニクは、あらかじめオリーブオイルで煮てあるので匂いはおだやか。よくかみしめながら食べると、それぞれのキノコの違いがよくわかる。

「最初のころは、ソースをかけて、もっと見た目を華やかにしたほうが客受けがいいと助言してくる友人もいた。でも、やっぱりこっちのほうがおいしいと、かえずに作り続けた。いまでは、キノコの概念がかわるとみなが言ってくれる看板料理になりました」と山岡さん。信念が貫かれたひと皿なのである。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

手前右側から時計まわりにプルロット(ヒラタケ)、ピエブルー(ムラサキシメジ)、ヤナギマツタケ、カルドンチェッロ(エリンギ)、ハタケシメジ、ササクレヒトヨタケ、ジロール(アンズタケ)、タモギタケ

香り高いキノコのスープと、うま味凝縮のリゾット

4皿目は、キノコのブイヨンスープ。うま味が多いキノコは、スープには最適の材料である。

ビロードのような舌ざわりの天然エノキタケ、ぬめりに厚く覆われた大型のナメコ、だしのよく出るシモフリシメジなど、9種類のキノコを鶏のブイヨンと昆布だしで煮込み、最後にシークワーサーの搾り汁で酸味を、刻んだミックスハーブで香りを加えて完成。さっぱりとして爽やかだが、昆布のグルタミン酸はじめ、各種のうま味成分が相乗効果で倍増する。

「スープには、キノコの季節感がダイレクトに表現できるのが楽しいですね。これから梅雨が近づくと独特の匂いを放つ野生のキヌガサタケが使えるし、夏には野生のハナビラタケが入ってきて、ひときわ香り高いスープが作れます」と山岡さん。こんなにリッチなキノコスープ、ほかでは食べられない。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

これがナメコ。スーパーで売っているものよりはるかに大型で、ぬめりも段違いに多い

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

キノコのブイヨンスープ。キクラゲの黒は全体の色の引き締め役。傘の裏が網になっているのがアミタケ

5皿目は、キノコのリゾット。リゾットは人気メニューで、夏はアユのだしで炊いたり、秋はサンマ、冬は黒トリュフやカキを使ったりと、スープ同様、季節感がふんだんに盛り込まれる。

今回は、春のキノコの代表格、アミガサタケ(仏名モリーユ)を中心に、原木シイタケ、タモギタケなど数種のキノコと、生のホタテを組み合わせた。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

リゾット用のキノコは手でさいてたっぷり使用。昆布だし、魚だし、貝だしの3種を加え、強火で炊きあげる

ポイントになるのが、仕上げに加えるフキノトウの香り。山菜が入ると、春らしさがぐっと引き立つ。アミガサタケは、傘が網目状なのが特徴で、フランス料理ではトリュフに次ぐ高級キノコだ。旬以外の季節は、乾燥品を水で戻して使う。

山岡さんによると「アミガサタケは栄養のかたまりで、生えるとナメクジが集まってくる」そうだ。おそらくアミノ酸の含有量がとくに豊富なのだろう。ナメクジの上前をはねたリゾット、たしかにうま味がぎゅっと凝縮していて、生のアミガサタケのおいしさも格別。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

仕上げにパルミジャーノ・レッジャーノでコクを、フキノトウで香りを加え、大きなアミガサタケをのせて完成

脂も美味 マグレ鴨とマイタケのロースト

6皿目はメインディッシュ、マグレ鴨(がも)の胸肉とマイタケのローストである。

マイタケは、新潟県で栽培された白と黒の中間種。マグレ鴨とはフォアグラを取るために育てた鴨で、その胸肉はやわらかく、穀物肥育ならではの豊かな風味を持ち、皮下脂肪がたっぷりのって、脂自体も美味である。

ソースは、ベージュと赤の2種組み合わせ。ベージュのほうは乾燥マイタケと牛乳がベース、赤いほうは赤ワインがベースだ。濃縮したマイタケのうま味と乳製品のコク、赤ワインの酸味が肉ととけ合って、これぞザ・フレンチという重厚感がある。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

赤ワインを10分の1程度にまで煮詰めて作るソースは味が濃縮し、色も鮮やか

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

肉にふってあるのは、干しマイタケのパウダー。アスパラガスはイタリア産を使用

凝り性の山岡さんは、菓子づくりにものめり込んで独学で研究、独創的なデザートの作り手としても知られる。キノコづくしコースの締めくくりは、もちろんキノコを使ったデザート。一見するとキャラメルかコーヒーの色だが、実はセップのアイスクリーム。日本ではポルチーニの名で親しまれる高級キノコである。

セップとマリアージュしているのが、バニラの豊潤な甘い香り。近年、バニラが高騰し、「マッシュルーム」で使っているタヒチ産のバニラビーンズは、1キロなんと14万円もするそうだ。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

うま味の強いセップのパウダーと香り高いバニラビーンズが練り込まれたアイスクリーム

日替わりデザートも、もちろんキノコ

コースはここで終了し、コーヒーまたは紅茶、ハーブティーがプティフールと一緒に運ばれるが、まだおなかに余裕があれば、6種前後用意されている日替わりデザートから好きなものを頼むことができる。

せっかくだから、しめもキノコということで、エノキタケを使ったプリンを選んでみた。あまりにも普通で、あらためて顧みられることのないキノコだが、山岡さんの評価は「繊維質も強く、うま味と香りもそろった万能キノコ」と非常に高い。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

キャラメルの苦みとオレンジリュールの香りがきいて、大人向けの味

エノキタケはプリン本体にはピューレ状、白いソースには細かく刻んで混ぜられている。とくにプリンは卵と牛乳だけで作るより、ぬめり効果でよりなめらかになり、コクも深まる。食感のよさと上品な味には感動した。

これまで筆者は和食を含め、各国料理のレシピ本をたくさん作ってきたが、高級フレンチほど仕込みから完成までに手間ひまを要し、複雑な料理はなかった。いまはだいぶ合理化が進んだが、それでも基本的にフレンチは徹底した足し算の料理だ。

なかでも山岡さんの手間のかけようは業界でも随一だと断言できる。そもそも、キノコは掃除からしてたいへんな手間がかかる材料である。そのうえ、常時用意するだし汁の種類が多い。鶏、貝、魚、昆布、マッシュルーム、野菜の6種に加え、フォン・ド・ヴォー、オマールのだしなど十指に余るほど。メニューには、完成するまで3日かかる煮込み料理も多く、いつ休むのか心配になるほど、調理場ではいつもなにかの仕込み中だ。

「コロナの時短営業で店じまいが早いのには慣れたけど、8時間労働は夢のまた夢」と、山岡さんは笑う。

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

キノコ柄のマスクは客からのプレゼント。「キノコのおかげで自然とふれあえて、精神を解放することもできました。没頭して楽しめる、いい仕事を選んだなと思います」

なぜそんなに手をかけられるのだろうか? そう聞くと「そのほうがおいしくなるから」と、シンプルな答えが返ってきた。「時代には合わないやり方かもしれないけどそれをすればおいしくなることがわかっていて、しなかったとしたら、自分が許せない」とも。自分への厳格さが、料理づくりの原点なのだった。

プロは、100点出せて当たり前。120点になるまで、もうひとふんばりできるか、そこに達成感を抱けるかが、頭ひとつ抜きんでるかどうかの分岐点になる。

「おいしくするためには、手間を惜しまない」。それは、山岡さんが客の立場で店を選ぶときの基準でもあるのだろう。

「おいしい料理には、作る人なりのものが出ていて、だからこそ記憶に残る。そんな楽しい食空間がなくならないよう、みんなでこの試練を乗り越えなきゃ」

キノコを通して自然とふれあいながら、もっともっとスペシャリテを作り出したい。それが山岡さんのいつもかわらぬ願いである。

(撮影=小島マサヒロ 価格はすべて税込み)

 

キノコの概念をかえる男 山岡昌治が生み出す驚きの食体験

店内にはキノコの小物がいたるところに飾られていて、珍しいデザインのものも多い

店舗情報

恵比寿マッシュルーム
東京都渋谷区恵比寿西1-16-3 ゼネラルビル恵比寿西 中2F
JR、日比谷線「恵比寿」駅 徒歩4分、東急東横線「代官山」駅 徒歩6分
03-5489-1346
営業時間:12:00~15:30(L.O. 14:00)/17:30~20:00(L.O. コース=18:00、アラカルト=18:30、アルコール=19:00)
定休日:月曜、不定休あり 
公式サイトはこちら

*2021年5月11日まで上記の通り時短営業中

PROFILE

畑中三応子

編集者、ライター、フードジャーナリスト。『シェフ・シリーズ』『暮しの設計』(ともに中央公論社)の元編集長。料理本を幅広く手がけるかたわら、流行食関連の研究や執筆も行う。第3回「食生活ジャーナリスト大賞」では「ジャーナリズム」部門の大賞を受賞。著書に『ファッションフード、あります。——はやりの食べ物クロニクル』(紀伊國屋書店、ちくま文庫)、『カリスマフード 肉・乳・米と日本人』『〈メイド・イン・ジャパン〉の食文化史』(ともに春秋社)など。

クレジットソースリンク

もっと見せて!

Related Articles

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

Back to top button